2018年 日本香堂 ご愛用者謝恩観劇会 特別座談会2018年7月29日

観客と演者、舞台裏もが響きあう
40年超えで磨きあげた文化価値

日本香堂が毎年恒例で5月にお届けしています「ご愛用者謝恩観劇会」

1977年のスタートから第42回を数える今年は、『明日の幸福』の演目で全国20会場(21公演)を巡り、座長の水谷八重子さんはじめ出演者の皆さんの熱演によって、連日満員御礼の大盛況をいただきました。
いよいよ千穐楽を迎えた大阪・国立文楽劇場、昼夜2回公演の間隙を縫って、ご出演の水谷八重子さん・若林豪さん・曽我廼家八十吉さん・瀬戸摩純さん・内海光司さん・芳本美代子さん、さらには小仲会長も加わって、今回の巡演を振り返っての想いや舞台裏のエピソードを語り合っていただきました。
〈インタビュアー:㈱日本香堂ホールディングス 代表取締役社長 小仲正克〉

※本文、写真共、転載不可

名作に新たな息吹もたらすキャストの奮闘

小仲社長  お蔭様で本日、ここ大阪で千穐楽を迎え、あとは夜の部を残すまでとなりましたが、佐世保を皮切りに約1ヶ月の長丁場を、皆さん本当にありがとうございました。

一同 ありがとうございました。

小仲社長  今回の演目『明日の幸福』は、家長・息子・孫の三世代の夫婦が同居する松崎家に起こったある出来事を通して、新しい家族観の夜明けを謳いあげた、昭和29年初演の新派の名作だそうで、水谷さんはこれまで何度も演じてこられたんでしょうね。

水谷  そうですね、孫の嫁の富美子役を演ったのが16歳の時。それから息子の嫁の恵子役になりまして、今ではおばあちゃんの淑子役と。

小仲会長  おばあちゃん役は今回が初めてですか。

水谷  いえいえ、もう何回も、おばあちゃん役で。

若林  私も今回、じじい役で(笑)。でも、名作の力ってすごいですね。本当によく書けている本だと思うし、それが何十年も上演されていくうちに無駄が省かれ、いいものだけが活かされて、さらに純度を増しているような。

小仲社長  また年齢を重ねるに従い、それに応じた役柄がちゃんと用意されている懐の深さも名作たるゆえんですね。一方で世代を代えて演じ分けるご苦労も相当おありでしょうが。

水谷  私の場合は同じ舞台に立ちながら先輩方の恵子や淑子のお手本をずっと見てきましたから。いざ自分が演じる番になっても何の抵抗もなく、自然のうちに。

小仲社長  今回、恵子役を務められた瀬戸さんはいかがでしたか。新・旧世代に挟まれた難しい嫁の立場から、最後は旧弊のシンボルたる「埴輪」を叩き割って『明日の幸福』への一歩を踏み出すという、一番の見せ場を演じられて。

瀬戸  新派に入団して3年くらいで幸運にも富美子役のオーディションに選ばれ、それ以来ずっと演らせていただきまして…それが今回、初めての恵子役で、夢のようでした。先代・当代の水谷両先生をはじめ波乃久里子さんと、もう大女優さんが演ってこられた役なので大変なプレッシャーでしたが、こんなチャンスをいただけて皆さんには感謝しかございません。本当にありがたかったです。

水谷  頑張って、おばあちゃんまで演ってね(笑)。で、本公演一番の苦労顔といえば、八十吉さんね。

曽我廼家  関西人、僕だけですから。言葉の壁があまりにも。

水谷  しかも全幕、出づっばりで。

曽我廼家  はい。最初の頃は裁判所(裁判官役)と松崎家との頭の切り替えができなくて。うわっと着替えて、うわっと出ていって、ハイ、ここ台詞…何を言うんだったかな?って。

小仲社長  新喜劇と違って、かなり真面目な役柄でしたよね。

曽我廼家  真面目に、ただひたすら江戸弁と闘いながら(笑)。

小仲社長  内海さんは私共の巡演2回目のご出演ですが、今回もまた各地でファンの方が大勢…。

内海  なかなかそう遠くまで行く機会も少ないので、ファンの皆さんが非常に喜んでくださって、ありがたかったですね。

小仲会長  発券の列でファンの方が(内海さんを観るなら)右側の席、左側はダメって情報交換されてましたね。

小仲社長  各会場、列の先頭は常に内海さんファンという状況でしたね。お客様の世代の幅が広がるのは私共にとって大変ありがたいことですし、今回初参加の芳本さんにもそのご貢献をいただきました。

芳本  いえいえ、右も左も判らず、皆さんに教えていただきながら何とか演らせていただいてます。稽古の時もそうですが、皆さんのお芝居を見ながら勉強し、客席のお客様からも教わりながら、少しずつ…。新婚の富美子役には若干年がいってますけど(笑)。

小仲社長  いやぁ、内海さんのダンス・パフォーマンスでは、後ろで振付のシンクロ、バッチリきまってましたよ。

内海  僕、後ろの方、全然見えてないんで、それは残念。

小仲会長  それと、第一部のバラエティショーでの水谷さんの歌のステージ、すごくいいね。最初、歌と芝居の両方で大丈夫かなって思ったけど、バッチリ。

水谷  (普段は生バンドが多く) まだ完全には慣れてないんで、ドキドキですよ。

「いい芝居」を盛り立てた舞台裏の一体感

小仲社長  今回、新派・新喜劇・ジャニーズさん…と、かなり多様性に富んだ一座だと思うんですが、そのあたりはいかがでしたか。

水谷  新派という一つの劇団のために書かれた『明日の幸福』ですが、こんなに違った顔ぶれで演じても三世代の家族がちゃんと成立し、周りの人達もみんな作品の中で生き活きしている。やっぱり(脚本を書かれた)中野實先生は大きな作家なんだと改めて思いましたし、何より役者・スタッフ交えての人情というか、ふれあいの温かさとか、何かいいものが舞台にも出ているんじゃないですかね。

曽我廼家  そうですね、みんな仲いいから、ほんと気持ちよく。もし嫁さん演ってられる方が、嫌な嫁さんやったら…って、考えてもなかった、もしもの話ですけど。(笑)。

小仲会長  大昔はありましたよ。喧嘩状態で、舞台の上だけは仲良く演じて。ヒヤヒヤしてました。

曽我廼家  今回は、そんなん全くないでしょ。みんな仲良く。

瀬戸  それも役者だけじゃなくて。

曽我廼家  そう、この公演のスタッフみんなですよね。僕が一番に感じたのは、トラックからの荷下ろしの時。スタッフ全員に役者・芸人も交じって、女の人まで駆けつけて一気にやっちゃうの、嫌な顔ひとつせずに。あれはすごいなぁと。

若林  皆さん、本当によく動いてくださったね。場面転換の時なんかも、サアーっとみんなで机や椅子や荷物を。それは見事でしたね。

曽我廼家  手ェ空いてる全員が力貸してくれて。

水谷  お客様に見えないところで。

小仲社長  演者さんも一人三役くらい演ってくださったり、場内販売までご貢献いただきまして。(暁)輝晶さん達も入口の整理・誘導からずっと喋りっ放しで。本当にありがたいことだと思います。

小仲会長  裏方でいえば大道具さんなんかも、あの「炬燵」の造りにはずいぶん苦労されたみたいよ。

水谷  「炬燵」がなくなってないのが、うれしかったですね。炬燵なしに、あの芝居はできない。初演当時、第1回テアトロン賞受賞作なので、アメリカの方が翻案しようとして、どうしても炬燵に代わるものがなくて、諦めたっていう話もあるくらい。

小仲社長  「埴輪」も大切ですが、「炬燵」もある意味、重要な・・・。

水谷  はい、炬燵は大事です(笑)。こういう皆さんのご苦労があって、芝居ができて、少しくらい日程がハードでも大変気持ちのいい旅ができた、とつくづく感じております。

内海  さっき曽我廼家のお父さんと、「今月は早かったね、あっという間だったね」って話をしてたんですよ。

曽我廼家  いい座組みで何の苦にもならなかったですね。もう疲れた、休みたいとか、そんなん感じずにきましたね。

水谷  それと、客席の笑いや拍手…こんなに反応のいいお客様を集めていただけて…本当に贅沢をさせていただきました。

小仲会長  お客様が帰り際、いいお芝居だった、いい時間をもらいましたってコメントがあるのは、間違いなくいい舞台ですよね。普段あんまり笑みを見せない成瀬さんも今日なんか満面の笑みで。この作品はうまくいったという演出家の手応えなんじゃないですか。

小仲社長  お客様はじめ、演者さん、スタッフの皆さん、私共主催者も、全員が揃って、充足した、価値ある時間を共有できる…これって40年以上かけて磨きあげた独自の文化ですよね。これからも大切に受け継いでまいります。

さて、そろそろ夜の部のお支度ですね。本公演を有終の美で締め括っていただきますよう、皆さん、よろしくお願いいたします。それでは、舞台前のお忙しい中、本当にありがとうございました。
〈了〉

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「明日の幸福」 あらすじ
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戦禍の様相漸く癒えた昭和29年の新派の舞台に新しいホームドラマとして登場したのがこの作品である。中野實の巧みな人物配置が好評を博し当年の毎日新聞劇作賞に選ばれ新派自体も芸術祭団体賞を受けた。

昭和三十年年頃のこと-。経済同友会の理事長を務める松崎寿一郎(若林豪)の家は、その妻淑子(水谷八重子)と息子寿敏(曽我廼家八十吉)と妻恵子(瀬戸摩純)そして、孫の寿雄(内海光司)と富美子(芳本美代子)の三組の夫婦が同居する家である。寿一郎は当時の家族らしく一家の権力者として君臨していた。
ある日、寿一郎が国務大臣に決まりそうだとの知らせがくる。寿一郎は推薦してくれた政治家に家宝の埴輪を贈ろうとするが妻淑子が大反対する。その反対を押し切り蔵から出させるが、結局大臣の話は雲行きが怪しくなり、埴輪を恵子が仕舞うこととなるが、そのとき落として脚を壊してしまう。
それから一ヵ月後、寿敏のもとに考古学者が埴輪を見たがっているとの連絡があり、恵子はすべてを打ち明ける決心をする。考古学者が松崎邸に来る途中にケガをしたとの連絡が入り、告白する機会を失ってしまう。恵子のかわりに今度は富美子が埴輪を仕舞うが、突然帰ってきた寿雄に驚いて箱を落としてしまったのであった…。